仙台高等裁判所 昭和27年(ナ)9号 判決
原告 森川盛義
被告 宮城県選挙管理委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告代理人は「昭和二十七年十月五日執行の仙台市選挙区における宮城県議会議員補欠選挙の効力に関する原告の異議申立に対し被告が昭和二十七年十一月二十二日した異議申立棄却の決定はこれを取消す、昭和二十七年十月五日執行の仙台市選挙区における宮城県議会議員補欠選挙を無効とする、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
一、原告は選挙人であるが、昭和二十七年十月五日仙台市選挙区において宮城県議会議員補欠選挙(以下本件選挙と称する)と宮城県知事選挙とが同時に執行された。本件選挙には遠藤実、佐藤新助、清水源太郎、谷口磐四郎が、知事選挙には佐々木家寿治、宮城音五郎がそれぞれ立候補した。その選挙を執行するに当つては、本件選挙については白地に紫色で文字等を印刷した投票用紙を、知事選挙については白地に赤色で文字等を印刷した投票用紙をそれぞれ用い、投票所で選挙人に対し同時にこれを一枚宛交付し、これに同時にそれぞれの候補者の氏名を記載させ、これを同一の投票函に投票させる方法が採られたのである。
二、およそ数個の選挙を執行する場合に同時にその選挙を行うことができることは法の規定するところであるから、そのこと自体に違法はないが、かような場合は、選挙人が投票するに当り、いずれの選挙であるかの判断に迷いその投票を誤ることのないよう、例えば一個の選挙の投票を終つた後に他の選挙の投票を行わせるとか又は一枚の投票用紙に各選挙の候補者の氏名を記載して投票させるなど、あらゆる点から観察して選挙の自由且公正に行われることを確保するために遺憾のない方法を講ずべきである。しかるに本件選挙を知事選挙と同時に執行するに当つて採つた方法、即ち、本件選挙については白地に紫色で文字等を印刷した投票用紙を、知事選挙については白地に赤色で文字等を印刷した投票用紙をそれぞれ用い、投票所で選挙人に対し同時にこれを一枚宛交付し、これに同時にそれぞれの候補者の氏名を記載させ、これを同一の投票函に投票させた方法は、右に反し次の点において重大な瑕疵があり結局選挙が自由且公正に行われることを阻害するものである。即ち、
(一)、投票用紙を紫刷と赤刷とによつて区別したことは、その識別が必ずしも容易なものでなく、殊に投票所が薄暗かつたり、投票時刻が薄暮に及んだときはその識別を誤り易く、更に色盲の場合はこれを判別し得ず、従つてその投票用紙を取違える危険が大である。
(二)、投票用紙を各一枚宛同時に交付したことは、交付係において誤つてそのいずれか一方の用紙だけを交付する危険があり、又同時に各投票用紙にそれぞれの候補者の氏名を記載させたことは、投票所においてこの点の注意を受けたとしてもこれを理解せず又は誤つて用紙を取違えて記載する危険がある。かように投票用紙の交付を誤り又はこれを取違えて記載した場合は成規の用紙を用いないとか候補者でない者の氏名を記載した等の理由で投票を無効とされる場合が生ずるからこれらの瑕疵は重大である。
(三)、本件選挙及び知事選挙において無効な投票とされた数は別紙目録記載のとおりであつて、これらの選挙の結果から見るも上記の瑕疵の重大であつたことが明である。
以上の違法は本件選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものであるから本件選挙は無効である。
三、原告は昭和二十七年十月十七日被告に対し本件選挙の無効を主張して選挙の効力に関する異議の申立をしたが、被告は同年十一月二十二日これを理由なしとして右申立棄却の決定をし、その決定書は同年十一月二十八日原告に交付された。
よつて原告は被告に対し前示判決を求めるため本訴を提起した(証拠省略)。
被告代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
原告主張の一及び三の事実はこれを認める。
同二の事実中、投票人において投票用紙を誤り紫刷の本件選挙の投票用紙に知事候補者の氏名を記載し、赤刷の知事選挙の投票用紙に本件選挙の候補者の氏名を記載した者があつたこと及び本件選挙及び知事選挙の結果無効な投票とされた数が別紙目録記載のとおりであることは、いずれもこれを認めるが、その余の事実はこれを争う。
昭和二十七年十月五日仙台市選挙区において執行された選挙は、本件選挙及び知事選挙のほかに宮城県教育委員会委員選挙及び仙台市教育委員会委員選挙があつて、右四個の選挙が同時に執行されたのであるが、投票所として使用した二十九個所の学校教室講堂等の広さと設備及び選挙事務従事者の人員配置等の事情から、投票所を四分して各選挙を各別に行うことは不可能であつたので、さきに県教育委員会委員選挙と市教育委員会委員選挙の各投票用紙を同時に交付してその投票を行い、次で本件選挙と知事選挙の投票用紙を同時に交付してその投票を行うの已むを得なかつた。
そこで本件選挙及び知事選挙等を執行するについては投票用紙の取違又は候補者の氏名の誤記を防止するため細心の注意をもつて次の措置を講じた。即ち、
(一)、投票用紙を色刷で区別して本件選挙は紫刷、知事選挙は赤刷とした。
(二)、仙台市公明選挙推進協議会名義でビラを各戸に配布し、両選挙の投票用紙を同時に受取り一個の投票函に投票するについて投票用紙を取違えぬように注意を喚起した。
(三)、新聞紙上又はラヂオ放送で、投票用紙を取違えぬよう又その色刷に注意するように選挙人に呼びかけた。
(四)、仙台市選挙管理委員会の作成した投票開票事務要領と題する詳細な注意事項を記載した册子(乙第二号証)を各事務従事者に配布し、投票等の事務に遺憾なきを期するため協議を重ね、特に投票用紙交付係においては用紙を交付するとき各別にいずれの選挙の用紙であるかを注意して交付するよう配慮した。
(五)、各選挙人に配布した入場券に注意事項として本件選挙の投票用紙は紫刷、知事選挙の投票用紙は赤刷であることを記載して注意した。
(六)、各投票所の入口に三尺に四尺位のハトロン紙に知事は赤刷、県議は紫刷の用紙である旨を記載して貼付した。
(七)、投票記載所内の正面に知事の各候補者の氏名を赤刷、県議会議員の各候補者の氏名を紫刷にした紙(乙第三号証)を貼付して投票用紙を取違えぬよう注意した。
(八)、投票函の上部にも知事の投票用紙は赤刷、県議の投票用紙は紫刷であることを掲示して最後の注意を促した。
以上の次第で本件選挙の執行につき原告主張のような違法はなく、これが選挙の結果に異動を及ぼす虞のあつたこともない。このことは各投票所とも投票が順調に進行し格別の非難のなかつたこと、選挙の結果及び特に選挙人から非難の声がなかつたことから見ても明である(証拠省略)。
三、理 由
原告主張の一及び三の事実はいずれも当事者間に争がない。
原告は、本件選挙(県議会議員補欠選挙)を知事選挙と同時に執行するに当り採られた方法、即ち、本件選挙については白地に紫色で文字等を印刷した投票用紙を、知事選挙については白地に赤色で文字等を印刷した投票用紙をそれぞれ用い、投票所で選挙人に対し同時にこれを一枚宛交付し、これに同時にそれぞれの候補者の氏名を記載させ、これを同一の投票函に投票させた方法は、選挙が自由且公正に行われることを阻害するものである旨主張するから、この点につき審案するに、各同時選挙において本件選挙の投票用紙を紫刷知事選挙の投票用紙を赤刷としたことは、普通に文字を印刷する場合に用いる色である黒色で印刷したのに比し、幾分文字を読みにくい感じを与えないものではなく、又これを投票所において各一枚宛同時に交付したことは、先ずその一方の投票用紙を交付してその投票をさせた後、他方の投票用紙を交付してその投票をさせる場合に比し、投票を行う者に幾分混雑の気持を与えることを免れないことは、証人片山昇、早坂忠、高畠直定、菊地清太郎の各証言によつてこれを窺うことができる。従つて同時にこれらの投票用紙の交付を受けた者が、それぞれの候補者の氏名をこれに記載するに当つて、その記載すべき用紙を確めてこれに記載することをせず漫然これに記載することがありとすれば、投票用紙を取違えて記載する結果の生ずることもこれを考え得られるところである。しかし成立に争のない乙第一乃至第三号証、証人須藤二郎、高木由三郎の各証言を綜合すると、本件選挙は知事選挙のほかに宮城県教育委員会委員及び仙台市教育委員会委員の選挙と共に結局四個の選挙が同時に行われたのであるが、投票所の設備及び経費等の点から、投票所を四分して各投票を各別に行うことは不可能であつたので、さきに県教育委員会委員選挙と市教育委員会委員選挙の各投票用紙を同時に交付して投票を行い、次で本件選挙と知事選挙の各投票用紙を同時に交付して投票を行わせることゝしたものであること、右各選挙の執行に際し投票用紙の取違等の事故発生を防止するため、投票用紙を県教育委員会委員選挙は黒刷、市教育委員会委員選挙は緑刷、知事選挙は赤刷、本件選挙は紫刷とし、新聞ラヂオ放送等でその色刷に注意して投票用紙の取違をすることがないよう選挙人に呼びかけ、選挙人に交付した選挙入場券にも右色刷の区別及び投票の順序を記載してその誤なきよう注意し、投票記載所にも県議会議員候補者の氏名を紫刷、知事候補者の氏名を赤刷にした紙などを掲示して右色刷の区別につき注意を促したこと、仙台市選挙管理委員会は投票各係事務の要領を記載した册子(乙第二号証)を作成し各事務従事者にこれを配布したが、これに基き投票用紙交付係は投票当日その用紙を選挙人に交付する毎にいずれの選挙の用紙であるかを注意して渡すように努め、なおよく理解できない者があるときは親切に説明するようにしたことを、いずれも認めることができる。他に右認定を左右するに足る証拠はない。これによると、本件選挙と知事選挙の投票用紙を同時に交付したことは、他にその混雑を避ける更に適当な方法を考慮する余地がないではなかつたとしても、特にこれを非難すべき事情はないものというべきであり、更に投票用紙の色刷が文字を読み又はこれを識別する上に幾分不便であり殊に色盲の者に困難を感じさせ、又これに候補者の氏名を記載する場合にも用紙を取違える虞がないではなかつたとしても、その色刷の区別に注意し投票用紙を取違えることのないようにすべきことについては、あらかじめ選挙人の注意を喚起するに十分な措置がとられていたばかりでなく、その用紙を交付するに当つて特にいずれの選挙の用紙であるかについて注意を与えこれを理解できない者には説明するようにしたのであるから、選挙人としては誰でも通常の注意を用うればその用紙を識別し投票に誤なきを期する上にさほど困難を感ずることはなかつたものというべきである。右の点につき一般に投票用紙の識別がひどく困難若しくは不能であつたこと又は用紙交付係においていずれか一方の投票用紙だけを交付した事例のあつたことはこれを認めるに足る証拠がない。尤も本件選挙及び知事選挙において用紙を取違えて候補者の氏名を記載した者のあつたことは当事者間に争のないところであるが成立に争のない甲第四号証、乙第四号証の一、二、証人高畠直定の証言、当事者間に争のない別紙目録記載の無効とされた投票の数を綜合して考えると、選挙の結果から見ても特にこの点に少なからざる遺憾があつたものとは認められない。
以上により原告主張の本件選挙執行の方法に選挙の自由且公正に行われることを阻害する事由のあつたことはこれを認め得ないと断ずるを相当とする。
よつて本件選挙の自由公正が阻害されたことを前提とする原告の主張は他の争点につき判断するまでもなく失当であるから原告の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村木達夫 高橋雄一 佐々木次雄)
目録
仙台市選挙区における宮城県議会議員補欠選挙の無効投票総数 五、八九六票
右の内「候補者でない者の氏名を記載したもの」 二、三五二票
内訳 宮城音五郎 七六七票
佐々木家寿治 六四六票
その他 九三九票
仙台市選挙区における知事選挙の無効投票総数 二、四八二票
右の内「候補者でない者の氏名を記載したもの」 一、五二二票
白紙投票 六〇四票
他事記載その他 三五六票
内訳 谷口磐四郎 五八票
遠藤実 三〇六票
清水源太郎 四四六票
佐藤新助 三五七票
その他の氏名 三五五票
白紙投票 六〇四票
他事記載その他 三五六票